Windows SQL Server 2005サポート終了の4月12日が迫る、報告済み脆弱性の深刻度も高く、早急な移行を
「ちょっと待てよ。投資銀行って本当に今でも必要なのか。」 突然沸き上がったこの疑念は、情報と、安価な取引費用さえ確保できれば無用の長物と化す金融サービス/商品の一大ジャンルが崩壊する、そのいわば氷山の一角なのではないかと思える。 金融デリバティブやリスクを証券化することは他の人もそれを買えるようにするということで合理性はあるのだが、大きな企業が人件費に大枚をはたいてその事業に取り組むのは、本来の価値より高く売れる商品を作り出すためだ。規制はあるものの、リスク情報の案内は省略され、買い手/ユーザーに完全な情報や安価な取引費用を提供することよりも、商品を売ることに焦点が当てられている。一方で情報はむしろ隠され、管理費から取引費用まで、取引に関する利害の衝突はそこら中にある。 このような手作りの市場は、取引費用が高額で、これら一連の事項をまとめて管理していた時代には合理性があったものの、今は、よ
ケータイのことも、ケータイ世代のこともわからない。オトナ世代からタメ息と共にそんな声が聞かれる。「なぜわざわざインターネットをケータイで……」「なぜ文字を打ちづらいケータイで……」。一見、ケータイに依存しているようにも見える若者世代は、普段どんなコンテンツをどんなふうに使っているのか。どんなコミュニケーションの取り方をしているのか。サービス事業者や利用者の声を交えながら、いまどきの"ケータイでネットをするのは当たり前"な若者たちのケータイ事情に迫っていきたい。 PC世代とケータイネット世代の違いとは イラスト:3P3P 読者の皆さんは、ケータイのどんな機能を使っているだろうか。通話、メール、電車の乗り換え検索、SNSの閲覧や日記の更新、ワンセグ、ゲーム……。せいぜいこのくらいではないだろうか。ある限定的な処理をこなす道具としてケータイを使っている印象だ。しかし、同じ質問に対し、10代の若者
暮らし http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20080707-OYT1T00712.htm
毎日新聞の英語版サイト「Mainichi DailyNews」のコーナー「Wai Wai」で変態的ニュースを5年近く配信し続けていた問題は、「私刑化する社会」の代表事例となりそうです。パブリックを背に「社会的な問題」を追求するのはマスメディアだけでななく、ネットメディア(ユーザー)にも可能になったことが明確になりました。私刑はマスメディアの専売特許でなくなったことを示す事例が、マスメディアに対して起きているというのも皮肉な感じがします。 誰もが情報発信できるインターネット時代のユーザーパワーについては、ネット登場時から言われていましたが、2ちゃんねるだけでなく、まとめwikiやJ-CASTニュースといったミドルメディアの誕生が情報共有を容易にし私刑化を推し進めています。このような問題意識と構造は日経IT-PLUSのコラム『インターネットと「私刑」化する社会』に書いた通りです。 コラムでは、
残虐なゲームが犯罪に与える影響についてはメディアスタディの先行研究が結構あるので、新たに調査・研究したところで大きく結論が変わるとも思えないが。現政権ならそういうことに予算を出すかも知れないし、研究が捩じ曲げられるのでなければ、社会学者の仕事が増えるのは悪い話じゃない。思い込みと勢いで規制するよりは、まず調査・研究するという殊勝な姿勢って大事だよ。 ゲームとこうした事件には関連性がないと主張する人たちもいるが、本当に関係がないのかあるのか、そろそろ日本でも本格的にゲームが精神におよぼす影響について調査・研究するべきではないか。 調べてみないことには影響の有無は分からないけれども、仮にエロゲーと福祉犯との相関とか、残虐なFPSとナイフを使った犯罪との相関とか、そういうのが立証されたとしよう。ゲームだけじゃなくて、例えば戦隊モノ番組といじめの相関とか、クレヨンしんちゃんと児童のコドバの乱れとの
このサイトは、いわゆる成功本を100冊読むことで、成功できるかを検証するページでした。 現在は、ビジネス書・自己啓発書・成功哲学・セミナーCD・手帳術・週末起業など デジタル万引きって、違法ではないのでしょうか? 生放送で、タレントの熊田曜子さんが、 J-CASTニュース : 熊田曜子がデジタル万引き? テレビで「本をちょっと写メ」発言 「これまでだったら、その本をちょっと写メ撮ったりしていたんですよね。これほしいと思ったら」 と、言って、中尾彬さんが怒ったそうだ。 すると、ゲストの俳優の中尾彬さん(65)から、「写メって何だい?」と突っ込みが入った。熊田さんはすぐに続けて、「あの、携帯に保存しておいて」と説明したが、中尾さんは、こう言って怒ったのだ。 「やったらダメだよ、そんなこと!」 まあ、常識的にあまり褒められた行為や自慢すべき行為ではないと思います。 しかし、驚くのはその後のニュー
最近、携帯電話のことを勉強し続けている。勉強といっても、携帯の機能とか料金プランとかそういうことではなく、携帯電話が社会に与える影響とか、子供の精神に与える影響とか、そういうことである。 妻から聞く話も、勉強になる。うちは2人の子供の歳がちょうど10歳離れている。したがって、上の子供のおかあさんたちと、10年後の今どきのこどものおかあさんと、両方のコミュニティに参加しているわけである。 そういえば以前、僕がPTAのことを知らないと非難したブログがあったが、それは僕自身がPTA役員などで参加したことがないというだけのことで、妻は上下の子供の学校でPTA役員をやっている。上の子の小学校時代は、子供会の会長も務めた。僕は僕で、教科書プロジェクトのヒアリングで学校の先生に会いに行ったりしている。学校や地域コミュニティには、比較的参加しているほうだろうと思う。 話が脱線したが、妻の話によれば、おかあ
総務省は12日、インターネットでの犯行予告などを自動的に検知できる新技術の開発を行う方針を明らかにした。東京・秋葉原での殺傷事件を受け、増田寛也総務大臣が指示した。 総務省によると、現在のフィルタリング技術では、「殺人」「殺します」といった言葉に反応する方式になっている。この方式だと検知数が膨大なものになってしまい、どれが本当に危険なものかを見抜くのは難しいのが現状。 新しく開発する技術は、情報通信研究機構などで開発されている「自然言語処理技術」を応用。単語に関わる文脈や時間的変遷を解析することで、「どの情報が本当に危険なものかを検知することができる」(総務省)という。 同省では、新技術の開発について、2009年度の予算要求に盛り込む方針。要求が通れば、来年度から研究が開始される。開発されれば、フィルタリングサービスを提供する企業などの利用が見込まれている。 だが、研究を開始しても数年はか
秋葉原にお世話になって四半世紀以上になる。その間に、安くて美味かった食堂付きの青物市場は更地になり、そして今や大きなビルが立った。家電から電子部品へ、パソコンへ、ソフトへ、そしてメイドへと商品も増えていった。でも、そこは、懐が広い秋葉原だった。 通り魔という、わずか数分間の間の連続殺人事件が起きた。 子供がいるため土日には秋葉原に行かなくなった自分は、その事件を地元の祭りの日に知った。 無性に哀しい。 しかし、秋葉原は負けてはならない。と、僕は思う。 秋葉原は、自治の都である。無力感に負けて、警察機構に過度に頼り、取締の網の目の上に、虚構の自由を作ってはならない。 真の自由とは、そこに集う人々が自ら支えるものである。 秋葉原の治安は、自治・自警が原則であり、官憲によって維持されるものであってはならないように思う。 そして、私たちの力で、自由な空間としての秋葉原を維持したい。 秋葉原が警察と
ここ数年、意識して著作権関係の話題を追うようになってから、「敬意」とか「リスペクト」とかいう言葉が、本当に大嫌いになってしまった。本来ならなかなか嫌いになるのが困難な言葉であるはずなのだが、困ったものである。 嫌いになった理由のひとつは、「敬意を払うべきだ」という言葉を盾にして、精査もせずに都合の良い経済的要求がなされていくのを、嫌というくらい見てきたこと。 もうひとつの理由を、これから述べる。 いや、もちろん敬意は払うべきなのだ。 私個人の話をすれば、例えば昨年「Self-Reference ENGINE」を読んで大変に衝撃を受けた円城塔に。 例えば残業中にアルバム「FAMILY」の曲を聴いて、何度も余力を奮い起こすのを助けてくれたKOHEI JAPANに。 例えば、体の奥に潜んだ凶暴な血を心地よく刺激してくれた映画「300」に。 その他にも多くのクリエイターや生み出された作品に、感謝を
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く