それは実に不思議な被写体だった。 その日、従軍写真家の松崎晋二は、急遽亀山にこしらえられた台湾番地事務の本営へと呼び出された。それは山と呼ぶには低すぎる場所であったが、それでも周囲に点在する集落を展望するには十分な高さがあった。西に目を向ければ大陸を望む台湾海峡が、東に目を転ずれば「生蕃」たちの暮らす山々を睥睨することができた。 本営近くでは、昨日牡丹社討伐から帰還した兵士たちの興奮した声が響いていた。独特のリズムをもった薩摩訛りから、幕営を取り囲んでいる兵士の多くが元武士たちによって構成された「徴収兵」だと分かった。九州各地から志願してきた彼らの多くは、粗末な草履を履き、腰にはわざわざ内地から携えてきた日本刀を差すなど、その風貌は熊本から来た鎮台兵たちと明らかに異なっていた。 一週間ほど前、松崎ら非戦闘員は、台湾番地事務都督・西郷従道らとともに、瑯嶠下十八社の西側の町・社寮に上陸した。そ