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南米文学に関するmotimoti3のブックマーク (2)

  • 語る―ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』 - 言葉でできた夢をみた。

    今回は、前回の記事で触れた書籍、G.ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』(木村榮一訳、新潮社2014)についての紹介です。 ぼくはスピーチをするために来たのではありません 作者: ガブリエルガルシア=マルケス,Gabriel Garc´ia M´arquez,木村榮一 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2014/04/30 メディア: 単行 この商品を含むブログ (5件) を見る この書籍はガルシア=マルケスが1944年~2007年までおこなった22回の講演をまとめたものです。ただし、最初の1944年のものは17歳の時のもので、作家として格的に講演したのは1970年から。 ガルシア=マルケスは大の「講演恐怖症」だったらしく、生涯でおこなった講演はこれだけなんだそう。このに収められているもののうち2はノーベル賞関係(授賞式と晩餐会におけるスピーチ)

    語る―ガルシア=マルケス『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』 - 言葉でできた夢をみた。
    motimoti3
    motimoti3 2016/04/15
     『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』
  • 英文学はインドで生まれた

    英文学(English studies)の歴史は浅く、まだ誕生から二百年にも満たない そもそも英語で書かれた文学作品について何かを語るという行為が学科目として成り立つと考えられていなかった ギリシア、ローマの古典は研究されており、教養ある紳士になるための必須科目として扱われ男性に独占されていたので初期のフェミニストは古典を学ぶ権利のためにも闘ったのだが、逆にいえば英語で書かれたものは「女子供の読み物」に過ぎなかった そんな女子供の読み物が、インドでは真面目に読まれていたのである 19世紀の前半、東インド会社はインド人に対する植民地支配を進めるうえでキリスト教へ改宗させればよいと考えていたが、イギリス国では改宗政策は危険だという考えが広まっていたため、聖書にかわる「人間化」のための道具が必要だった そこで選ばれたのがイギリスの文学で、東インド会社はそれらイギリスの文学作品を通じてイギリス式

    英文学はインドで生まれた
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