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serious affairに関するtachisobaのブックマーク (27)

  • 日本を激震させた、昭和の100大犯罪

    昭和56年(1981年)に放送された、昭和の100大犯罪特集だそうです。どんな時代になっても、未来も過去も、犯罪は0にはならないところが人間の持って生まれた業なのですね。 日の100大犯罪 その1: 昭和25年「つまみ事件」 昭和25年「金閣寺炎上」 昭和26年「八海事件」 昭和26年「横浜桜木町で電車火災」 昭和 27年「血のメーデー事件」 昭和27年「巡査バラバラ殺人事件」 昭和33年「東京宝塚劇場全焼」 昭和33年「凶悪犯・桂正義捕まる」 昭和33年「淀橋刑事射殺事件」 昭和33年「売春防止法施行」 昭和33年「狩野川台風」 昭和34年「皇太子御成婚」 日の100大犯罪 その2: 昭和29年「カービン銃ギャング事件」 昭和35年「安保闘争」 昭和35年「三井三池争議」 昭和35年「政治テロ続発」 昭和55年「早百合さん誘拐殺人事件」 日の100大犯罪 その3: 昭和38年「

    日本を激震させた、昭和の100大犯罪
  • 【閲覧注意】未解決事件って不気味すぎね:アルファルファモザイク

    ■編集元:ニュース速報板より「未解決事件って不気味すぎね」 1 テングダイ(アラバマ州) :2010/05/24(月) 01:52:47.35 ID:7162JawC ?PLT(12001) ポイント特典 息子がひき逃げされた道路に、母(42)は週2回立ち続ける。「なぜひいたのか。 誰がひいたのか」。通り過ぎる車のナンバーを、ボールペンで1台ずつ書き取っていく。 09年9月、埼玉県熊谷市の市道で、小学4年生の小関(こせき)孝徳(たかのり)君(当時10歳)が ひき逃げされ死亡した。「子を亡くしたかわいそうなお母さん」とは思われたくない。 母が、犯人に手が届くと信じて書きためたナンバーは2万を超えた。 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100523ddm041040101000c.html 続きを読む

  • 三浦和義さん:妻が産経などを提訴 名誉棄損で - 毎日jp(毎日新聞)

  • 昭和を震撼させた大事件、事故の衝撃映像集

    2010年04月12日18:30 衝撃映像事件 昭和を震撼させた大事件、事故の衝撃映像集 激動の昭和に発生した様々な重大事件、大事故のニュース映像・ドキュメント映像がまとめられた動画です。1960年の浅沼稲次郎暗殺事件から1979年の三菱銀行人質事件まで、60年代編と70年代編に分けられた作りとなっています。 :浅沼委員長刺殺事件〜三河島二重衝突事故〜戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件〜鶴見二重衝突事故 昭和を震撼させたあの大事件、事故の衝撃映像集 1960年代編 2/2 :金嬉老事件〜永山則夫連続射殺事件〜3億円事件東大安田講堂事件 昭和を震撼させたあの大事件、事故の衝撃映像集 1970年代編 1/2 :日赤軍 日航機ハイジャック〜瀬戸内海シージャック〜三島由紀夫事件〜成田・第一次行政代執行〜東峰十字路事件〜連合赤軍 浅間山荘事件〜大洋デパート火災 昭和を震撼させたあの大事件

  • 東大ポポロ事件 - Wikipedia

    東大ポポロ事件(とうだいポポロじけん)とは、東京大学の公認学生団体「ポポロ劇団」が演劇発表会を行なった際に、学生が会場にいた私服警官を取り調べたところ、所持していた手帳から警察官のスパイ行為が発覚、暴行を加えた事件。 日において大学の自治に関する最高裁判所判例をもたらした事件であり、日国憲法第23条に保障する学問の自由及びそこに含まれる大学の自治が問題となった。 事件の概要[編集] 法文経1号館(東大郷キャンパス) ポポロ劇団は1952年2月20日、東京大学郷キャンパス法文経25番教室で松川事件をテーマとした演劇『何時(いつ)の日にか』(農民作家・藤田晋助の戯曲、1952年1月発表[1])の上演を行なった。これは大学の許可を得たものであった。上演中に、観客の中に富士警察署の私服警官4名がいるのを学生が発見し、3名の身柄を拘束して警察手帳を奪い、謝罪文を書かせ、学生らが暴行を加えた

  • もく星号墜落事故 - Wikipedia

    在りし日のもく星号(1951年) もく星号墜落事故(もくせいごうついらくじこ)は、1952年(昭和27年)4月9日に日航空(アメリカのノースウエスト・オリエント航空からのウエットリース)のマーチン2-0-2型機が伊豆大島に墜落した航空事故である。事件原因にさまざまな憶測があり不可解な事故であった。 事故機に関する情報[編集] 301便に使用されたマーチン2-0-2型機(機体番号:N93043)は、1951年(昭和26年)10月25日に就航[2]。「もく星号」という愛称が付けられていた[3]。 事故機を運行していたのは日航空であったが、当時の日は第二次世界大戦の敗戦による被占領中で日人による自主的航空運営が認められていなかったため(日国との平和条約が発効し占領が解かれたのは同月末の4月28日)[4]、営業面のみを担当し、航空機の整備と運用は連合国の1国であるアメリカのノースウエスト

    もく星号墜落事故 - Wikipedia
  • asahi.com(朝日新聞社):「私は無実」訴え続け84歳…奥西死刑囚、時間とも戦う - 社会

    住民が飲んだものと同じブドウ酒名張毒ブドウ酒事件の現場となった公民館跡(中央の空き地)は、現在ゲートボール場になっている=6日午後、三重県名張市葛尾、社ヘリから、伊藤恵里奈撮影    発生から49年が過ぎた名張毒ブドウ酒事件。35歳で逮捕された奥西勝死刑囚は、今年1月で84歳になった。無罪から一転死刑となった後も「無実」を訴え続け、2005年の第7次再審請求審で初めて再審開始の知らせを受けてから約5年。最高裁の結論は「審理差し戻し」だった。残された時間は、長くない。  奥西死刑囚の死刑が確定したのは38年前。全国にいる100人余の死刑囚がかかわった事件のうち、最も古いのが名張毒ブドウ酒事件だ。  「死刑囚になって、地獄の中で生きてきた。無実を晴らしていただき、父母の墓前で何とか良い報告をして、成仏させてあげたい」。奥西死刑囚は第7次再審請求で裁判所に提出した意見書に、そう心境をつづってい

  • asahi.com(朝日新聞社):警視庁の「オウム犯行」発表、警察庁も地検も事前に了承 - 社会

    国松孝次警察庁長官(当時)が1995年に銃撃された事件の公訴時効成立後に警視庁が行った「オウム真理教による組織的犯行」との発表は、警察庁や東京地検に事前に伝えた上、決定していたことが関係者の証言でわかった。  警視庁や警察庁の幹部らによると、警視庁は3月30日の時効まで捜査を尽くす一方、仮に時効を迎えた場合は15年間の捜査について国民に説明する必要があるとして、数カ月前から内容や方法を検討してきた。  教団の関与の疑いについて、根拠などをどの程度示すべきか、警視庁では幹部間で意見に違いがあったが、庁内での議論の末、方針を決定。警察庁には3月中旬、具体的な案が示され、「警視庁の意向を尊重する」として了承されたという。  一方、捜査関係者によると、警視庁は教団元幹部らを容疑者として書類送検できないか、時効直前まで東京地検に打診。最終的には送検を見送るとともに、「オウムの犯行」と発表する方針を伝

  • 警察庁長官狙撃事件捜査結果概要について【PDF】(平成22年3月30日警視庁公安部)

    平成22年3月30日 警 視 庁 警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要 第1 事件概要 平成7年3月30日午前8時31分ころ、東京都荒川区南千住6丁目37番11アク ロシティEポート通用口付近で、出勤途中の國松警察庁長官(以下「長官」という。)に対 し、何者かが殺意をもって後方からけん銃4発を発射し、背部・腹部等への射傷による 損傷に伴う出血性ショックにより瀕死の重傷を負わせたが、殺害の目的を遂げなかった ものである。 第2 捜査体制及び捜査経過 事件発生当日、南千住警察署に公安部長を長とする「警察庁長官狙撃事件特別捜査 部」を設置し、最大時185名体制、延べ約48万2千人が捜査に従事した。 この間、平成16年7月、オウム真理教(以下「教団」という。)元信者等を逮捕したが、 検察当局において公判請求を行うには至らず、処分保留のまま釈放となった。 その後も、被疑者の検挙と事件の全容

  • 中江滋樹の想い出 | 山根治blog | 株式会社フォレスト・コンサルタンツ

  • 宅間守資料

    この頁は犯行当初に流れていた宅間=統合失調症という誤解を解くために 各種マスコミの情報を集めて整理したものです。今となっては詐病が決定的ですが精神医療の悪用例としてページを存続します。 なぜ宅間のような怪物が出来上がってしまったのか・・・ 精神医療を悪用した男の破滅へと向かう歴史です。

  • 投資ジャーナル・中江滋樹 消息不明8年の真相 [ゲンダイ] white

    投資ジャーナル・中江滋樹 消息不明8年の真相 [ゲンダイ] http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/1022.html 投稿者 white 日時 2006 年 9 月 28 日 16:19:36: QYBiAyr6jr5Ac □投資ジャーナル・中江滋樹 消息不明8年の真相 [ゲンダイ] http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/28gendainet02028529/ 投資ジャーナル・中江滋樹 消息不明8年の真相 (ゲンダイネット) 「埋められた」「海外に逃げている」――。こんな噂が飛び交った末、世間からも兜町からも忘れられていた男が、意外な“事件”で再び現れた。85年に巨額詐欺で逮捕された「投資ジャーナル」元会長・中江滋樹(52)だ。ひさびさにマスコミに登場と思ったら、自宅に火を付けよう

  • 中江滋樹 - Wikipedia

    中江 滋樹 (なかえ しげき、1954年(昭和29年)1月31日 - 2020年(令和2年)2月20日)は、日の元証券ジャーナリスト、相場師。元投資ジャーナル会長。滋賀県近江八幡市出身。 来歴[編集] 株式売買の風雲児時代[編集] 父親が証券会社の社員だった関係で[1]小学生の頃から株を始め、中学生の頃にはすでに株の値動きを示す「チャート」を描いていた[2]。滋賀県立彦根東高等学校時代から名古屋の投資顧問会社「三愛経済研究所」(犬塚芳嗣所長)の会員となり、投資を学ぶ。当時すでに信用取引をやっており、1000万円以上を稼ぎ出した。同級生の証言によると、株式市場の動向を聞くために短波放送のラジオを学校に持ちこみ、授業中もこっそりラジオを聞いて、株価をチェックし、当時は、インターネットや携帯電話のない時代で、休み時間には公衆電話に急いで走って行き、電話で株の売買注文を出していた[2]。教師から

  • 投資ジャーナル事件 - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "投資ジャーナル事件" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2016年2月) 投資ジャーナル事件(とうしジャーナルじけん)とは、証券関連雑誌を発行していた投資ジャーナル社の株式の売買をめぐる大規模な詐欺事件である。 概要[編集] 投資ジャーナル社は1978年設立。中江滋樹会長は証券ジャーナリストとして投資ジャーナル、月刊投資家等の証券関連雑誌等で「絶対に儲かる」株式売買のテクニックを披露すると共に、関連会社を設立し「兜町の風雲児」といわれた。 中江は前述の雑誌上で1人当たり10万円から数百万円程度を利用者から徴収し、投資ジャーナル

  • 長官狙撃事件:アレフが削除求める 警視庁の捜査結果概要 - 毎日jp(毎日新聞)

    公訴時効が成立した警察庁長官狙撃事件について、警視庁が「オウム真理教による組織的テロと認めた」とする捜査結果概要をホームページ(HP)に公開したことを受け、教団主流派で構成する宗教団体「アレフ」は31日、HPからの削除を求める内容証明による要請書を池田克彦警視総監に郵送した。要請書では「職権を乱用した重大な人権侵害」と抗議している。記者会見したアレフの荒木浩広報部長は、削除されなければ名誉棄損による国家賠償訴訟を起こすことも検討する意向を示した。 警視庁は30日、「容疑者は不詳ながら教団の組織的テロと認めた」とする異例の所見と、根拠とするA4判16枚の「捜査結果概要」を発表した。青木五郎公安部長は会見で「事件の重大性、国民の関心の高さ、オウム真理教が法に基づき危険性が認められる団体として観察処分を受けていることにかんがみ、人権にも配慮して公益性があると判断した」と公表理由を説明した。 警視

  • 蓮池さん夫妻が拉致被害者給付金を辞退 - 社会ニュース : nikkansports.com

    北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫さん(52)と祐木子さん(53)夫は31日、拉致被害者支援法に基づく給付金受け取りを4月から辞退する意向を明らかにした。 新潟県柏崎市を通じて「これまでの給付金は大きな支えとなり、国民の皆さんのご声援で自立の道をかなり確立することができました」とのコメントを出した。 蓮池夫は1978年に柏崎市の海岸で拉致され、2002年に帰国。薫さんは現在、新潟産業大(柏崎市)で専任教員として朝鮮語を教えながら、翻訳業や執筆活動に取り組み、祐木子さんは市の非常勤職員として保育園で調理補助の仕事をしている。長女重代さん(28)は就職し、長男克也さん(25)は早稲田大に在学中。 市の担当者は「夫は以前から、自立への強い意志を述べていた」と話している。 支給期間を5年延長する改正支援法成立について、コメントは「今後帰国する拉致被害者の励みになり、帰国を促す結果につながると信じ

  • 「赤軍派のやり方だめだった」「そろそろ帰国しないと」よど号事件から40年 - MSN産経ニュース

    日航機「よど号」乗っ取り事件から31日で40年になるのを前に、北朝鮮に残るよど号犯のメンバーが産経新聞の電話取材に応じた。メンバーは「あっという間に過ぎた40年」「よど号問題は政治的遺物」と述べた上で、「北朝鮮ではいつもお客さんと感じてきた。60歳を過ぎてお客さんとはかい性がない。そろそろ帰国しないと」と語り、日朝外交上の“お荷物”となっている現状を事実上認めた。 電話取材に応じたメンバーは、若林盛亮(もりあき)容疑者(63)を名乗った。北朝鮮に暮らすメンバーは家族を合わせ一時30人を超えたが、逮捕されたり、子供ら全員が昨年末までに帰国したため、残るのは乗っ取りと日人拉致の両事件で国際手配されている6人だけとなった。メンバーは「寂しくなった。(平壌での)商店運営など経済活動からも退いた」と述べた。 北朝鮮での40年間の生活を「苦労していない」「日で言えば富裕層」とした上で、昨年11月に

  • 【長官銃撃】事件前後の詳細判明 「敵の仇は敵にやらせる」 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

    事件現場にある情報提供者看板を撤去する柴野功・南千住警察署長(左)ら=3月30日午前9時半、東京都荒川区(矢島康弘撮影) 警視庁が公表した捜査結果の内容からは、事件前後の教団幹部の慌ただしい動きが浮き彫りになった。事件直前 事件3日前の3月27日午前、EはDに電話し、Aに連絡する必要があると伝えた。この際EはDに対し「敵の仇は敵にやらせる」と発言。DはEにAのポケベル番号を教えた。 さらに事件前日の夜、EはDに電話しAに連絡が取れないと伝えた。DがAに連絡すると、Aは興奮して「下見に引きずり回された」「警察官しかできないことがあるといわれた。できること、できないことがある。やりたくありません」と答えた。そのためDは深夜にEと接触。「Aさんは大丈夫ですか」と尋ねたという。 警視庁で捜査をしたところ、午後9時台にDからEへの電話があったことを確認。さらに、30日午前0時台には、Fの供述からD、

  • asahi.com(朝日新聞社):長官銃撃はオウムのテロ 警視庁、時効事件で異例の断定 - 社会

    国松孝次警察庁長官(当時)が1995年3月に銃撃された事件の公訴時効が30日午前0時に成立したことを受け、警視庁は同9時から、記者会見を開いた。青木五郎公安部長は「誠に残念」と述べた上で、「事件はオウム真理教のグループが(松智津夫)教祖(死刑囚)の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロだった」との見解を発表した。  立件できず時効を迎えた事件について、捜査当局が特定の団体を名指しし、関与したと断定するのは極めて異例。警視庁は「(オウム関係者らの)人権に配意した上で、公益性が勝ると判断した」と説明するが、議論を呼ぶのは必至だ。  青木部長は「犯行に関与した個々の人物やそれぞれの役割を、刑事責任の追及に足る証拠をもって解明するには至らなかった」と説明。それでも、教団による犯行と断定した理由を「捜査で得られた資料、情報を分析した結果だ」とし、「事件の重大性や国民の関心の高さ、オウムが今なお危険

  • 無念の時効「総括必要」 国松元警察庁長官インタビュー - MSN産経ニュース

    「残念、無念の一言に尽きる」。警察庁長官銃撃事件の被害者の国松孝次さん(72)が30日、産経新聞の取材に応じ、15年にわたる捜査を「寸足らずの捜査で総括が必要」と表現した。警視庁が「オウム真理教信者による組織的なテロ」とする異例の見解を表明したことについては「説明責任を果たそうとした気持ちは分かるが、起訴できなかったわけだから推測にすぎない。それを言うことにどれだけの意味があるのか分からない」と語った。 30日午前0時。時効成立の瞬間は自宅で迎えた。床に入っていたが、目はさえていた。「時効になっていい事件は一つもない。ただ警察トップが撃たれた事件で、その国の警察が(犯人を)検挙することができなかったことはひと味違った意味がある。国民は情けないという思いを持たれているのではないか」。 公安部は一貫してオウムによる組織的犯行を疑った。「元巡査長(44)の供述があり、それを柱に捜査をしていくこと