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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (48)

  • いいよいいよ、溜め込んでな - 傘をひらいて、空を

    五十の坂が見えるとにわかにホットになる話題が「親の家の片づけ」である。 友人が言う。うちの親もね、わたしがちょいちょい顔出してやいやい言ってるし、近所の友だちに対する見栄もあるから、一階はきれいにしてる。でもさあ、なにしろ田舎の立派な一軒家だから、二階は物置よ。で、人はもう階段上がるのも面倒になってる。どうすんの、あの大量のがらくたを。 わたしは友人の話に頷きつづける。友人は怪訝そうに尋ねた。なに仏さんみたいな顔してんの。 わたしは言った。わたしはもう、親の持ち物に関しては、好きにしてもらおうって決めたの。物置部屋があるなら万々歳、生活空間が多少ごちゃついたっていいじゃない。 かつてはわたしも親たちの大量の所有物に眉をひそめていた。最後に片づけるのはわたしら子どもじゃん、と思っていた。そして生家を訪ねては、物置と化した客間(昔の住宅にはなぜかこの客間というやつがあった)とかつての子ども部

    いいよいいよ、溜め込んでな - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2024/02/14
    なんだろう、なんだかかなしくてあたたかくて涙ぐんだ。
  • ふたり狂い - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから半年でわたしの部下のひとりの様子がおかしくなった。部下といっても年次も近く、長年の友人でもあったから、わたしはたいそう心配した。でも彼はしだいにわたしの仕事を非難するようになった。 最初は感染症対策についてで、これはわたしたちの会社全体がほとんど何もしなかったようなものだから、役員のわたしが責められるのは故のないことではない。 ところが彼の非難はそれにとどまらなかった。次に持ち出されたのは通信上の安全の問題だ。たしかに、オンラインでの打ち合わせは理屈の上では完全に安全とはいえない。でも実質的には問題ない。そのように彼に説明した。しかし彼は「実質的には」では納得してくれなかった。 彼はとうとう「自分と家族の安全を守りきれない」という理由で会社を辞めた。引き留めたかったが、彼がとても辛そうだったので、ぐっとこらえてで

    ふたり狂い - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2022/09/07
    前回から話が続くとは。フォリ・ア・ドゥに繋がっていくのか。
  • いなくなったあの人のこと - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それから二年半、わたしの会社からは何人かがいなくなった。転職や定年退職はカウントしていない。職場を変えるのではなく、ただ辞めた人の数である。 このところ疫病の感染状況はまったくよろしくないのだが、それでも出社は増えた。あまりに長期間なので、弊社の経営陣は「ある程度のリモートワークを残し、リスクは承知で出社してもらって、それでやっていくしかない」と考えたようである。緊急対応というには、二年半はあまりに長い。 そうすると増えるのが立ち話である。新人や新しいクライアントについての情報交換、リモートワーク生活のこと、リモート対応で導入されたソフトウェアの感想、そして、いなくなった人の話。 いなくなった人のひとりはわたしの新人時代の指導役だった。 二十年前のことだから、今から考えるとハラスメントが横行していた。社員個人を「女は」と

    いなくなったあの人のこと - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2022/08/31
    ああーこの「表裏一体」というのはとてもわかる。病んで「別人のよう」になるのも辛いけれど、長所が短所に裏返って異なりつつも確かに同一人物だと感じさせられるのも辛いんだよなあ。
  • コンテンツ必要ない系の人々 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしに新しい出会いの機会がなくなった。恋愛の話ではない。仕事のコネクションとかの話でもない。友人知人の話である。わたしは知らない人と新しく知り合うのがとっても好きなのだ。利害関係も色恋沙汰もないところで雑談がしたいのだ。そうして「人間はみんなちがう」と思う、するとなんだか安心する。これができないとなんだか世界が平板になった気がしてうそ寒く落ち着かない。知らない人としゃべりたい。 その欲求にこたえたのはもちろんインターネットである。ウイルスが載らないコミュニケーション手段。知らない人もうようよしている。知り合うとっかかりとしては趣味がもっともやりやすい。わたしは小説やマンガの話ができる相手を探し、気の合う仲間を手に入れた。めでたし。 めでたしなのだが、彼らのある種の性質にわたしは少々困っている。 小説やマンガの

    コンテンツ必要ない系の人々 - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2022/03/16
    わかる。単なるタイプ差でそこに優劣はないのに、なぜかそこで相手を蔑視する人いるんだよなあー。わかりやすくコンプレックスなのかな。
  • 不在の男 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために去年は盆も正月も帰省しなかった。しかし今年は疫病の流行がひとまずの落ち着きを見せた。わたしは生家の近隣の人々の意向を親に尋ね、まあよさそうだということで帰省することにした。 そうすると旧友とも会う。どこで会おうかと訊くと彼女は繁華街の名を挙げ、今ここのホテルに泊まっているから近くだと嬉しいなと言った。 ホテル? 実家でなんかあったのと訊くと彼女はすごく変な顔をして「父親が帰ってきた」と言う。わたしの知るかぎり昔から(わたしは中学校で彼女と親しくなった)彼女の実家は母子家庭である。 いや実質的にそうなのよ、と彼女は言う。父親は家にいなかったのよ。だからうちは母子家庭だと思ってたの。父親は「お正月とかにおばあちゃんのところに行くといる人」だったわけ。おじいちゃんはだいぶ前に亡くなっててさ、父親と祖母が二人暮らしで、

    不在の男 - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2022/01/06
    なんて恐ろしい話なんだろう。この話に出てくる父親の人生、ものすごく空疎に感じるけど、本人は決してそうは思わないんだろうな。それがなぜだが一番怖い。
  • 薄暗い親たちの薄暗い心配 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。小学生の娘も一時期、分散登校になった。今はフルで通学可能である。それでも子どもたちの活動は制限されているし、週末も遠出がしにくい。よほど仲の良い子でないとたがいの家の行き来にも遠慮してしまう。来た子にも「晩御飯たべていく?」というわけにはいかない。 それでわたしは、とくになにもない時間を娘と一緒に過ごすことが増えた。そうするとつくづく、娘は自分と似ていないと思うのである。 娘は小学五年生、社交的でスポーツが好きだ。興が乗るとアイドルの真似をしてダンスしてみせるのだけれど、これが驚くほどうまい。お友だちと踊っている姿はかわいい。子どもながらにファッションの好みが出てきて、あれこれコーディネートを工夫している。担任の先生によればクラスでもよくリーダーシップをとり、いろんな子と仲良しだということで、学校での集団生活によく適応し

    薄暗い親たちの薄暗い心配 - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2021/12/15
    ああー、めちゃめちゃじんときた。愛情だなあ。この気持ちをうまく言語化できない。すばらしい。
  • ゴシップと猿 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにいったんはリモート勤務が推奨されたものの、長期化とともに出勤ベースに戻す企業も増えてきた。弊社もそうである。わたしはリモート勤務が大好きなので(端的に効率が良い)、実績を振りかざして上司に詰め寄り、週に一度のリモート勤務の継続を確保した。それでも週に四日は出勤しているので、生活はだいぶ疫病前に近づいた。 近づいたが、疫病前に戻ることはない。人間と人間の距離はある程度以上近づかない。それにともなって社内での会話の無駄がだいぶ省かれている。飲み会をやらないから無駄話を長々やる機会が発生しないし、社内の立ち話ではより業務に近い話題が優先される。たまたま居合わせた人と短い雑談をすることはあるが、そのときも比較的まじめな雑談が採用される。社内の薄い知り合いとどうでもいい話をする機会がない。 それがちょっとしたストレスだっ

    ゴシップと猿 - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2021/11/17
    めちゃめちゃわかるー! 猿の毛づくろいコミュニケーション欲しい。なるべく無害な猿でいようって宣言、いいなあ。
  • あなたのことは好きじゃなかった - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。現在はワクチンがある程度いきわたり、感染者数がかなり減って、みんななんとなくうきうきしている。それでわたしも連休に帰省することにした。 わたしの地元では「東京で働いている娘が来て感染させた」となったら家族にものすごく迷惑がかかりそうで、帰省を控えていた。県の中核都市だから、知らない人もいっぱい歩いていて、娘が帰省したからその親が村八分になるみたいなことはないんだけど、それでもやっぱり、わたしはずっと、自分が生まれた町に帰れなかった。 わたしの生まれた家にはわたしの両親が住んでいる。両親は疫病前から家を売ってマンションに住もうという話をしていて、だからわたしは自分の生まれた家にお別れするつもりで来ていた。妹は県内に住んでいるからしょっちゅうこの家に来ているし、両親にも会っている。そんなわけでわたしだけがちょっとセンチメンタ

    あなたのことは好きじゃなかった - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2021/11/03
    最後の一行が辛すぎる。思い切り心臓を殴りつけられたような、鋭い一撃。
  • わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。最初の通達から一年あまり、何度目かの通達のさなか、疫病のワクチンが提供されはじめた。それで全員が打つかといえば、そうではない。わたしの弟は打たないという。そして、わたしはそれを責めることができない。 弟は東京で一人暮らしをして、アルバイトで生計を立てている。今日働かなければ来月の家賃があやうい。運も悪かったし、弟の思慮が足りないところもあったと思うのだけれど、とりあえず自分で生活はできているのだし、人に大きな迷惑をかけているわけでもなし、責められるようなことではない。 わたしはそう思っているのだが、両親は「恥だ」と思っている。自分たちの助言をふいにして大学進学をせず、夢みたいなことを言っておかしな企業に就職してすぐに辞めてその日暮らしをしている、そんな浅はかな息子は心配するのも癪だと、そういうふうに思っている。 そうはい

    わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2021/08/25
    苦しい。ぐぐっと詰まるような気持ちになる。
  • 雑で速いやつに対する説諭 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。弊社ではそのために些末な打ち合わせもオンラインでおこなわれ、皆が慣れてきた今となってはリアルタイムの共同作業も気楽に実施されている。日は上司からの資料レビューであった。 上司:急ぎでイレギュラーな仕事やってもらっちゃってごめんね わたし:いえいえだいじょうぶです 上司:こういう差し込みの仕事、ガッてやってバッて出してくれるのほんと助かる わたし:いやあ、この程度でよろしければ 上司:あのね、できればこの程度じゃなくしてほしい 上司:あなたの仕事はいつもスピーディで対応も柔軟で素晴らしい。でも雑 わたし:あっそれが題ですね 上司:うん。赤字のところ見ておいて。とくに数字の誤字は致命的だからね。あと図の作りとレイアウト。せめて余白を左右対称にしてほしい。総じて雑 わたし:承知しました。赤線ありがとうございます。すごく直し

    雑で速いやつに対する説諭 - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2021/06/02
    上司すごすぎるな……こういうことに気づいて認識しているだけでなく、言語化できちゃうのむちゃくちゃすごい。
  • ラブホ行こうよ - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それでしばらくおとなしく暮らしていたところ、彼氏が「ラブホ行こうよ」と言うのだった。 こいつだいじょうぶかとわたしは思った。一緒に暮らしてる人間とラブホ行ってどうすんだ。ベッドなら家にもある。それぞれが一人暮らしのころに使っていたベッドを持ち寄ったのでそこいらのホテルのよりでかい。ネトフリの見たいものリストはまだ長いし、switchも買った。最近は近所の銭湯に行くのがこの家のブームでもある。セックスだってしているじゃないか。奇抜な設備を別にすれば、ラブホにしかないものなんかないだろう。 ある、と彼は言い張るのである。行きがけにコンビニに入ってテンション上がってあれこれ買って結局残しちゃったりとか、女の子がシャワーを浴びてるあいだそわそわしながら待ってたりとか、なんとなく寝ないでぼつぼつ話したりとか、窓がないもんだから朝ぜ

    ラブホ行こうよ - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2021/02/10
    素晴らしい軽佻浮薄の自由は、そもそも憎まれやすいところがおって、この疫病の流行は、その憎しみに正当性のようなものを与えてしまったのだなあなどと思ったり。不要不急の軽薄な自由を懐かしむ、このうつくしさ。
  • 要求コミュニケーションのゆくえ - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それでリモートワークが定着してしばらく経ち、出社時のコミュニケーションもだいぶ電子化された。そのためにわたしはものすごくほっとしている。渡邉さんからの働きかけが激減したからである。 渡邉さんはわたしの部下である。以前の上司から「うまくやるのはたいへんだと思う」と聞いてはいた。高圧的なのか仕事ができないのか、そんなところだろうと思っていたら、そうではないのだった。渡邉さんはある意味でとても正しいのである。そして正しさで管理職のリソースを取れるだけ取ろうとする人なのだった。 渡邉さんは管理職のミスを指摘する。渡邉さんは高圧的な話し方はしない。ただし話が長い。自分がなぜそれを指摘するのか、来はどうあるべきなのか、そこから外れることが部下や会社にどういったダメージを与えかねないか、延々と話す。遮ると管理職が部下の指摘を遮ること

    要求コミュニケーションのゆくえ - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2020/11/25
    渡邉さんの孤独を想像してぞっとしている。彼の孤独の紛らわせ方は傍迷惑であり、暴力でもあり、それがなくなったのは喜ぶべきことだが、細い一本の藁すら失った今の彼はどれほどさみしいのだろうとか、思っちゃう。
  • ゲームとたき火 - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために外出せず遊べるゲームが人気である。僕は据え置き型のゲーム機を起動しっぱなしにしている。そうして仕事から帰ると(仕事はわりとすぐオフィス通いが復活した。ダイニングテーブルで仕事していて腰が死にかけたので正直ちょっとうれしい)スリープ状態から戻す。 子どものころは人並みにゲームの世界にのめりこんだ。とはいえ僕はを読むのも好きだったし、少し大きくなってからは自分で近所のTSUTAYAに行って映画を借りたりもしていた。フィクションの中に入れるのなら字でも映像でもいいやという、わりと雑な子どもだったように思う。 しかし現在の僕のゲームの目的はフィクションへの没入ではない。ドラクエとかが出れば、これはまあお話だよなと思う。思うけど、今や僕はもっと現実的な物語のほうが好きだし、ファンタジーでもちょっとひねりがあるほうが好み

    ゲームとたき火 - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2020/09/23
    ゲームが寄り合いであり飲み会であるって、すごい現代的かつ普遍。なるほど。毛づくろい的コミュニケーションの建前は、時代と共に変遷していくのだなあ。
  • さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を

    シモーヌとは十四年のあいだ一緒に暮らした。シモーヌは冷蔵庫である。名の由来は冷凍庫に霜が降りることであった。わたしの家に来る友人たちが「いまどきそんな冷蔵庫があるのか」と話題にし、誰からともなくシモーヌと呼びはじめ、わたしもその名を使うようになった。 シモーヌはわたしと出会った段階ですでに新しい冷蔵庫ではなかった。大学を卒業して寮を出るとき、一人暮らしをやめる友人からもらったのである。大学生の一人暮らし用としては大きめのサイズだった。わたしは自炊をするのでありがたく貰い受けた。 はじめて一人暮らしをした部屋の中のものはみんな貰い物だった。家具も家電も買った覚えがない。そうした大物にかぎらずわたしはよくものを貰う人間だった。貧しかったからかもしれない。自分では「愛されているからだ」と言っていた。わたしを嫌いな人からは「乞の顔をしているからだ」と言われた。正直なところ、どちらでもかまわなかっ

    さよなら、わたしのシモーヌ - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2020/03/04
    読み終えたあとの喪失感のすごさよ。
  • 彼の人工的な盲点 - 傘をひらいて、空を

    トオルが十歳になったので、トオル一家および「トオル会」のメンバー五名でお祝いをした。内実はただのホームパーティである。トオルは私の学生時代のゼミの先輩の息子で、障害がある。トオルの障害があきらかになった段階で先輩は何人かの学生時代の友人を選んで、こんな話をした。 トオルは高い確率で、ひとりでいわゆる社会生活を送って寿命をまっとうするってことができないんだ。基は俺ら夫婦と公的支援だけでいける、でも祖父母は遠くてあてにならない、緊急時とかは厳しい、あと俺ら夫婦の精神がだいぶ削れる。ケアリソースが長期的に不足することは目に見えてあきらかだ。上の子にも影響があると思う。そういうわけでみんなにひとつよろしくお願いしたい。 せりふだけ書くとしおらしいけど、先輩のようすはぜんぜんそんなではなかった。「雨が降ったら洗濯物を取り込んでおいて」くらいの感じだった。 先輩は学生時代から変な人だった。たいていの

    彼の人工的な盲点 - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2019/10/30
    違うといえば違うんだけど、なんとなくこの先輩は匠千暁シリーズのボンちゃん先輩に似ているなあ。どちらも好き。
  • 主人は子煩悩じゃありませんから - 傘をひらいて、空を

    子どもたちがいっせいに笑った。読み聞かせが受けたらしい。読んでいるのはわたしの夫である。保護者会の後に子どもたちと保護者たちの交流の時間があって、その一環として読み聞かせの場がセッティングされ、わたしの夫が立候補したのだった。わたしがにこにこしてそれを見守っていると、顔見知りの保護者が、あらあ、と言った。レイカちゃんパパはほんとに子煩悩でいらして。ねえ。ほんとにねえ。 わたしはその保護者の名前を思い出す。沢田さん、と言う。こんにちはと言う。沢田さんは話し続ける。 レイカちゃんパパみたいな方、最近はいらっしゃるのよね。うちはそういうんじゃないから。主人ともよくそういう話してるんですよ。ほんとうにね、レイカちゃんパパは、子煩悩でいらっしゃって。 わたしの夫は娘を好きです。わたしはそう言う。そして混乱する。なんだろう、この人、何か、いやな感じがするんだけれど、それはなぜだろう。わたしの知らないと

    主人は子煩悩じゃありませんから - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2019/10/09
    これ面倒くさいことに沢田さんは育児を手伝わない夫への不満と、そんな男らしい夫への誇りを同時に抱くこともあるんだよな。そうすると「私」に侮蔑と嫉妬の双方を投げたりする。
  • インターネットに向いてない - 傘をひらいて、空を

    おいバズってるけどだいじょうぶか。 そういうLINEが入った。私はソーシャルメディアが得意でない。 Twitterは数日に一度見る。言われて見てみるとたしかに私が投稿した短編がバズっていた。稀にあることだ。今年の春先にもあった。でもそれより規模が大きい。 ほんとだ、と返信する。別の友人からもLINEが入る。バズってるね。そうだね、いま見た、と私はこたえる。メッセージがポップアップする。 寒くなってきたから上着を持ち歩くんだよ。さやかさんは薄着でうろうろして「寒い」と言うのだから、あらかじめ天気予報を見るなどして気をつけなくてはいけないよ。バズってへんなメールが来たら次に会うときの酒の肴にするんだよ。 友人たちは私を心配してLINEを送ってくれたのだ。私はバズると少し体調を崩す。正確に言うと、バズったためにそれまで私の文章を読んだことのない人がいっぱい来て、なかにはよくわからない人がおり、執

    インターネットに向いてない - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2019/09/25
    インターネットの向こうに人間がいると感じ続けるマキノさんだからこそ、引力のある文章が書けるのだとは思う。インターネットに向いた人間とやらになることで失われるものは確実にある……。
  • セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を

    仕事の都合で別の業種の女性と幾度か会った。弊社の人間が、と彼女は言った。弊社の人間が幾人かマキノさんをお呼びしたいというので、飲み会にいらしてください。 私は出かけていった。私は知らない人にかこまれるのが嫌いではない。知らない人は意味のわからないことをするのでその意味を考えると少し楽しいし、「世の中にはいろいろな人がいる」と思うとなんだか安心する。たいていはその場かぎりだから気も楽だし。 彼らは声と身振りが大きく、話しぶりが流暢で、たいそう親しい者同士みたいな雰囲気を醸し出していた。私を連れてきた女性はあっというまにその場にすっぽりはまりこんだ。私は感心した。彼女は私とふたりのときには同僚たちに対していささかの冷淡さを感じさせる話しかたをしていた。 どちらがほんとうということもあるまい。さっとなじんで、ぱっと出る。そういうことができるのである。人に向ける顔にバリエーションがあるのだ。私は自

    セフレですよ、不倫ですよ、ねえ、最低でしょ - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2019/09/18
    だから時々自分に好意を向けた相手をおそろしく無慈悲に扱う人がいるんだよな。権力の誇示として。数の問題じゃないんだよな……。権力に酔う人間も、それを見てああなりたいと願う人間も恐ろしい。
  • 脆弱とマヨネーズ - 傘をひらいて、空を

    世の中にいるのはみんないい人だと思っていた。僕は二十七歳で、パリ近郊の鉄道駅にいて、一文無しになったところだった。 会社が海外でMBAを取らせてくれるというからフランスに行くことにした。ラッキー、と思った。学校では主に英語を使うけれど、現地語もできなくちゃいけない。ぜんぜん休めなくて、「ちょっとこれはまずいかもしれないな」と思ったところで大学の休業期間に入った。バックパックを背負って周辺をくるりと回って、住処の近くのターミナル駅まで戻った。そんなに長くフランスに住んだわけでもないのに、早くもホーム感があった。部屋に帰ったら、すごくだらしない格好で寝そべって、何ひとつしないで眠りこんでやろう、と思った。 おい、あんた、コートがえらいことになってるぞ。声をかけられて自分の背中を見た。もちろん見えない。声をかけてきた男は斜め上から僕の背中をのぞきこみ(僕だって小さくはないけど、彼はアフリカ系で、

    脆弱とマヨネーズ - 傘をひらいて、空を
    white_cake
    white_cake 2019/09/11
    相手の肌が白かったら警戒したんじゃないかという指摘に、私自身の胸のうちを言い当てられたような戦慄があった。私にもこの「僕」と似たような考え方をする癖がある。
  • メイクと実存 - 傘をひらいて、空を

    年に一度、友人にメイクを習いに行く。友人は何段にも分かれたメイクボックスを持っていて、いくつかの色をわたしの顔にあてる。彼女は眉の描き方を修正し、アイカラーとアイライナーを変えて塗り方を教示し、新しいアイテムとしてハイライトをわずかに使うことを提案して、実際に塗ってくれた。 わたしは彼女の指示をメモする。彼女がつくってくれた「今年のわたしの顔」を撮影する。彼女はアイカラーをふたつくれる。いくらでも買っちゃうから、もらって、と言う。メイクボックスの薄べったい抽斗に目をやると、ずらりとアイカラーが並んでいる。必要があってこんなに買うのではないの、と彼女は言う。だからあげても問題はないの。コスメを買いすぎるのはね、実存の問題ですよ。 実存の問題、とわたしは言う。実存の問題、と彼女も言う。そうしてぱたりとメイクボックスを閉じる。 わたしは母の鏡台を思い出す。父方の祖母のお下がりで、ものすごく古かっ

    メイクと実存 - 傘をひらいて、空を
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    white_cake 2019/09/04
    高校を出たらのくだりで涙が出そうになった。娘から母への優しい愛が確かにあったのに、無意識にそこをご破算にし、気づきもせず悔やまずに生きていくシンデレラのかなしさ。