非モテ関連でたまに目にする「どうせモテないから◯◯しようぜ」てフレーズがイヤだ。その言い様の背景には、(○○に当てはまる)オタク趣味が自体目的化していないという未熟がある。○○をやるという行為を前提的に「モテるかモテないか」で判定する態度。「モテようがモテまいがお前は◯◯しろよ」というのがオタクの立場だ。○○が好きなオタなら、それを道具として使う手付きは容認しない。さっそく脱線すると、ところで再三主張するように「女と付き合うためフィギュア捨てればオタク卒業〜」みたいな電車男エピソードは唾棄すべきものだ。第一に、たしかに現在のオタク趣味はモノを排除して成り立つものではないと思うが、モノを捨てるというイベントにオタクをやめるという決意を象徴させようとする映像 SF 的な感覚は文章 SF 感覚側の見地から雑すぎてニュアンスを潰すし、第二に「オタク趣味が好きだという感情は、誰かを好きだという感情と