ブックマーク / yochomachi.blogspot.com (6)

  • 麻生太郎の限りなき「軽さ」

    子供っぽい発言を大連発中の麻生太郎だが、動作も子供っぽい。テレビニュースで見ていたが、G20の時ブッシュに対してたいへんな失礼な仕草をした。あれは誰も問題としていないようなので、ここで書いておく。 G20会議が催された建物の正面玄関では石段上でブッシュが各国首脳を個別に出迎える。各国首脳はリムジンで乗り付けリムジンを降りてから石段をまっすぐ上がり直立して待っているブッシュと握手して会場に入る。誰もリムジンを降りたら直ちに待っているブッシュ向かって直進する。ところがへんなのが一人いて、リムジンを降りたと思ったら横の方を向いて(多分遠くのマスコミ関係者か誰か知り合いの方を向いて)大げさなジェスチャーをまじえ大声で話し始めなかなか終わらない。その間ブッシュは直立不動で待っている。このアホは誰だろうと思ったら、それが日国総理大臣麻生太郎であった。 ブッシュのイラク戦争の決断はアホかもしれないが、

    PuHa
    PuHa 2008/11/21
    本気で麻生総理の軽率さを批判したかったのかも、とも感じた。
  • 映画「男と女」は過ぎ去ったクルマ文化の象徴だったのか!

    テレビを見ていたら、往年のフランス映画「男と女」をやっていた。もう何度もテレビで見た記憶がある。昔々のメロドラマなのに、なんであんなに人気があるんだろう? お話しはごくつまらないもの。女が死んだ亭主の事をいつまでもウジウジ忘れられないので、幸せを掴めずにいる。男はいろいろ努力して辛抱強く待ち続け、ついに女の心を解き放つ。アホらしい。でもこの男の手管は今でも通用しそうで、それでこんな映画がいまだ人気があるのだろう。最近の映画とか小説は「マンネリ」と「クリッシェ」ばかりでつまらないから、すでに面白いという評価が定着した「古典」をみたり読んだりする方が忙しい人にとって時間の無駄にならないということかも知れない。 その点については、かなり同感。われわれ現代人は、つまらないものを粗製乱造する今どきの「芸術家」とやらをわせねばならぬ義務はないんだから、面白ければ古いものでも一向に構わないのだ。それで

    映画「男と女」は過ぎ去ったクルマ文化の象徴だったのか!
    PuHa
    PuHa 2008/09/25
  • NHK「クールジャパン」は、とてもカッコワルイ!

    夕方見ていたNHKの番組「Cool Japan」。「ニッポンはカッコイイのだぞ〜!」となんでもニッポンの風習を正当化してしまうのが番組の趣旨。ゲストの「傭われ外人」から手放しの「ニッポン賞賛発言」を引き出して自己満足し、少しでも「ちょっとおかしいのでは〜」という趣旨の発言が出ると司会のオヤジが高圧的に封じてしまうのがいつものやり方。今日は日の台所は狭いくせにやたらに物で溢れすぎているのではないかと言うことについて。ちょっと考えさせられた。 日家庭の台所は狭いくせにやたらに器が多すぎるのではないか、とても雑然としているという「外人」のコメントがあった。器にしても包丁にしても、数と種類が多すぎてとても収納できない状況になっているというのだ。やや同感。司会のオヤジはこれこそがニッポンの伝統であり現代日の豊かさを象徴するのだと強引にねじ伏せていたが、そうでもないだろう。むしろこういう風潮

  • 「子供より古書が大事と思いたい」(鹿島茂)

    猛烈に嫉妬心をかき立てられる。散人は元来嫉妬というものには無縁であるが(農村富裕層に対する批判を書いているのは社会的義侠心からであり嫉妬心からではない)鹿島茂には嫉妬してしまった。ものすごいお金を古書に注ぎ込んでいるのである。古書蒐集はお金がかかる趣味。おいらにはとてもできない、と実感。 でも鹿島茂はさすがに莫大な身銭を古書に注ぎ込んだだけあって、その道の権威となった。古書の値打ちの見分け方、えらい古書とえらくない古書の違い、値段の仕組み、入手方法などなど、事細かに教えてくれる。古書を通じての人間の階級判別につながっていく点は、著者の『馬車が買いたい』1に同じ。下手にえらくない古書なぞ持っていると、バカにされるのである。くわばらくわばら。 これだけ古書を買いまくっていたらいくら鹿島茂の新刊書が売れてもとても持たないと思う。鹿島財閥の御曹司であるという説は著者により否定されているが、いった

    「子供より古書が大事と思いたい」(鹿島茂)
    PuHa
    PuHa 2008/08/10
    おもしろい。
  • 「金持ちが贅沢をやめることこそ貧乏退治の第一策」(河上肇)

    散人は教養主義とは無縁だったからこの歳になるまで河上肇の『貧乏物語』を読んだことがなかった。しかし、ニッポンがどんどん貧乏になっている今、処方箋を求めてこのを読んでみたら、驚き、内容が実に新鮮。アダム・スミス並みの博学と説得力のある文章にも感動した。このを書いた頃の河上肇はまだマルクス主義者ではなかったと思う。むしろイギリスのロイド・ジョージに心酔していた。豊かな先進資主義諸国における「貧乏線(Poverty line)」以下の民衆の数の比率を統計的に調べ上げ、経済の発展は贅沢品の生産に繋がっただけで貧困の解消には繋がっていないと喝破。これは全く正しい。その上で河上肇の書いた対策が掲題のもの。解説を書いている大内兵衛は「この段階での河上肇はまだ判ってなかった」と貶しているが、判っていなかったのは大内の方。あいつらマルクス経済学者の処方箋通りにやった国(ニッポンも含め)がその後どうなっ

    「金持ちが贅沢をやめることこそ貧乏退治の第一策」(河上肇)
    PuHa
    PuHa 2008/08/06
    支出の(ry
  • 「日本は『鬱の時代』を迎えた」(五木寛之)

    昨日の日経夕刊で五木寛之が言っている言葉。「枯れるのにはいい面もある」と言うがそれは五木寛之が年寄りだから。これがホントだと、これから生まれてくるこどもたちにとってはとても不健康な時代になると思う。 抜粋: 身の回りを見ればすべての様相を呈している。ロハスやスローライフはの生活様式。エネルギーを消費せず限られた資源でやりくりしようというエコロジーもの思想。予防を第一とするメタボもの医学だし、敵が見えないテロとの戦いは戦争といえる。躁の時代が五十年続いたのだから、も五十年は続くと見るのが自然だろう。私自身、老いとともに実感しているが、衰えることや枯れることにはいい面もある。登山は上るだけでなく下ることで完結する。加速が文化であるのと同じく減速もカルチャーだ。 まあ、年寄りにはそれでいいんだろうが、若い人がそんなのでは可哀想だと思う。あまりに夢がない。 それに、世界中がそうならま

    PuHa
    PuHa 2008/08/01
    そうかもね、と思った。
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