ニューヨークで「こどものくに幼稚園」を園長として運営する著者の教育論兼半生記。著者は意志の人で、高校卒業後のOL生活に飽き足らず、貧困地区の子供支援に関わりながら夜に学校に通い保育士となる。そのころ、1970年代は日本は貧しい国で、北米からボランティアが多く入っていたそうだ。機会を得て半年の予定でニューヨークに渡航。しかし渡航後間もなく出会った5歳の日本人の女の子の事例に衝撃を受け、強い使命感を持ってそのままニューヨークで日本語幼稚園の設立に突き進む。 その5歳の女の子の親は、ある日現地キンダーガーデンの先生から問い合わせを受ける。「お子さんの声を聞いたことがないのですが、今まではどうでしたか?」 両親によればその子は家ではおしゃべりで、英語も多少わかるという。半信半疑の両親が、園での様子を見に行くと、確かにそこには心を閉ざした娘がいた。すでに重い心の病気であった。園と家庭で、いわば2つの