大正から昭和に年号が変わる1926年に事件は起きた。「醤油の街」兵庫県龍野町(現たつの市)の麹製造業で財を成した高見家で、当主の妻・つねと2~12歳の孫5人が殺された。遺体には五寸釘(長さ約15センチの大型の釘で、呪いのわら人形を打ち込む時などに使われる)が打ち込まれ、次男の妻・菊枝は死んだ次女を背負ったまま首をつっていたという、すさまじい事件だった。 当初は「嫁姑の争い」の果てに菊枝がつねと子どもたちを殺害して自殺したとされ、報道はセンセーショナルにエスカレート。社会に大きなショックを与えた。ところが、彼女の遺書の不審点などから、“真犯人”が判明する。“真犯人”の言動、法廷での態度などからは事件の“異様さ”が浮かび上がる。約1世紀前、そうした犯罪はどのようにして起き、どのように世間に伝えられたのか。事件は地域や警察の正史に記載されず、やがて人々の記憶から薄れていった。それはなぜなのか。そ