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原爆に関するme69bo32のブックマーク (2)

  • 長崎原爆と浦上天主堂 - Google Arts & Culture

    浦上地区 長崎市の北部の地域で、 17世紀から19世紀における潜伏キリシタンの中心地として 現代には原子爆弾の被害を受けた中心地として知られている。 歴史上、初めて浦上という名前が出現したのは15世紀。16世紀には全村がキリシタンと言われていた。17世紀に入り、キリスト教の禁教令が出たのちも、約250年間にわたって、信仰を守り通した。

    長崎原爆と浦上天主堂 - Google Arts & Culture
    me69bo32
    me69bo32 2023/06/08
    祖父は当時長崎医大の学生で、投下の翌日状況を確認しに行って二次被爆。白血病で私が生まれる前年に亡くなった。無医村の島で診療所をするような人だった。夏、広島ばかりに目が行くのが悲しい。
  • WEB特集 生き残って、すみません | NHKニュース

    ことし88歳を迎えた関千枝子さん、旧姓・富永さんは、75年前のことを思い出しながら、ゆっくりと話しました。 あの日の朝、富永さんを自宅まで迎えに来てくれた同級生の声を思い出すたび、「すみません」と思うのだそうです。 「富永さん」 8月6日も、仲よしの同級生、為数美智子さんの声が家の外から聞こえました。 当時は、戦時中で、女性も子どもたちもがれきの片づけなどをするために働かなければならず、この日も、その「勤労奉仕」の日でした。 でも、富永さんは前日にべ過ぎた果物のせいか、おなかを壊して寝込んでいました。 学校を休めば、非国民と言われる時代。休みたくありませんでしたが、母親から休むように言われ、しかたなく横になっていました。 美智子さんは母親からそのことを伝えられると「先生に言っておきます」と言って、1人で学校に向かってしまいました。 それからほどなくたった時でした。 一瞬の閃光と強烈な爆発

    WEB特集 生き残って、すみません | NHKニュース
    me69bo32
    me69bo32 2020/11/28
    悲しく、縋るような気持ちも、奮い立たせる、前を向く気持ちもくれるとてもよい記事だった。記者の略歴に、祖父と伯母を原爆で亡くす、とあり、それゆえの緻密な真摯さと温かさなのだなと思った。
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