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政治諷刺画が持つダサさの普遍性について - ダブル手帳の障害者読み物
皆さんは、新聞の隅っこに載っている、政治家の顔を極度に誇張した諷刺画を見て、何となく不快な気持ち... 皆さんは、新聞の隅っこに載っている、政治家の顔を極度に誇張した諷刺画を見て、何となく不快な気持ちになった経験はないだろうか。私はあの手の表現がとても苦手で、端的に言ってダサいと思う。別に政治やそれにまつわる表現が嫌いなわけでもないし、諷刺対象にされている政治家が好きなわけでもないが、それでも絶望的にセンスが無いなと思ってしまう。 今まで、それは日本特有の問題だと思っていた。つまり、日本においては諷刺画の歴史が浅く文化的な蓄積が無いためだとか、そもそも日本人に諷刺的ユーモアのセンスが欠けているためだ、というようにそれらしい理屈を付けて納得したつもりになっていた*1。 フランスの諷刺画もダサかった それが間違いだということが分かったのは、伊丹市立美術館で開催された「カリカチュールがやってきた! 19世紀最高峰の諷刺雑誌」という展覧会に行ったからだ。 artmuseum-itami.jp 詳細は
2022/07/19 リンク