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法哲学に関するnornsaffectioのブックマーク (14)

  • 「ロシアもウクライナも両方悪い」は不適切。細谷雄一教授の連続ツイートが「WEBで読める決定版と言える論考」と反響

    ロシアウクライナも両方悪い」は不適切。細谷雄一教授の連続ツイートが「WEBで読める決定版と言える論考」と反響

    「ロシアもウクライナも両方悪い」は不適切。細谷雄一教授の連続ツイートが「WEBで読める決定版と言える論考」と反響
    nornsaffectio
    nornsaffectio 2022/03/31
    決定版というか。国際に限らず法秩序は平和を求めた人々の不断の努力の結実なのだから、フリーライダーや「どうせ皆守ってないやろ」式の中途半端なニヒリストに好き勝手させてはいけないという、ごく当たり前の話。
  • 暴力装置 - おおやにき

    いやいや何を言っているんだ自衛隊は国家の暴力装置に決まってるだろう(参照:「仙谷氏「自衛隊は暴力装置」 参院予算委で発言、撤回」(asahi.com))。国家が(ほぼ)独占的に保有する暴力こそがその強制力の保証だというのは政治学にせよ法哲学にせよ基中の基であり、その中心をなすのが「外向きの暴力」としての軍隊と「内向きの暴力」としての警察である。で、日では主として歴史的経緯によりこの両者が相当明確に区別され、かつ現実的にもあまり仲が良かったり悪かったりという話があるわけだが(戦前ならゴーストップ事件が典型ね)、フランスやイタリアにある国家憲兵隊制度や、発展途上国に多い警察軍制度に示されているように暴力としての質に違いがあるわけではなく向きを変えれば同じものであると、そう整理されることになる。 その上で、まあ法哲学的にはゆえに国家は質的に悪であるとする立場と、しかしこの暴力抜きには社

    nornsaffectio
    nornsaffectio 2010/11/19
    「デマゴギー的な手法」てのは確かに思ったなー。。。でなきゃあの人達は本気でおばかさんということに…。
  • 続・岡崎市立図書館事件(2) - おおやにき

    さて、とはいえこれだけだとなんか非常に形式的なことで私が切って捨てているだけに思う人がいるかもしれない。まあ個人的には形式が守れない人間には研究者としての資格がないよねえと思うのだが、まあ世界の人がみな研究者倫理を熟知しているわけでもなかろうから、結局不確かなソースに依拠することでどういう恥ずかしいことになっているかという実例を、一つ挙げておく。 なお以下で、「私はこう言った」という内容については、私としては自信があるものの間違いなくそうだという証拠(たとえば録音のごときもの)があるわけではない。まあただおそらく参加者に確認すれば「だいたいそういうことを言っていたのではないか」程度の証言は揃うであろうから、一応の信頼性は担保できようかと思う。もちろんたとえば高木氏には「それでは十分な証明と言えない、そんな情報をもとに主張の当否を論じるのはおかしい」と主張する自由があるが、そうなればtwit

    nornsaffectio
    nornsaffectio 2010/10/12
    現実の「弱い個人」と規範的な「強い個人」の橋渡しを国家がやるのは幸せかという問題がある。…と、後知恵でまとめるとこうなるだろうが、確かに神田記者の要約は変なドライブが掛かっているね。
  • 一体全体、本当に日本は「規範意識の強い」社会なのか? - Cannibal Carnival拡張版

    宿題*1をひとつ片付けてみる。 →宿題一覧 以下は、海部美知氏の記事「「基準から外れてしまった」人をどうするか - Tech Mom from Silicon Valley」に付けた、僕のブクマコメントである。 id:michikaifu:20090907:1252383861 規範意識なしに法治社会はないわけだが、同時に法を社会契約の範囲まで縮減して民を抑圧的な規範から解放するのも法治社会の基的役割。政権交代成った今、僕らは漸く規範を選ぶ自由を手にしたのかもしれない。 b:id:nornsaffectio:20090908 まあ、こんな舌足らずなコメント読んでさっと意味を取れる人はほとんどいないわな(苦笑)。というわけで、もうちょっとちゃんと書こうというのが宿題だった。 http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/michikaifu/2009

    一体全体、本当に日本は「規範意識の強い」社会なのか? - Cannibal Carnival拡張版
  • 「基準から外れてしまった」人をどうするか - Tech Mom from Silicon Valley

    は、全体として「規範意識」の強い社会であると思う。それがいいほうに作用すれば、「犯罪が少ない」「電車も宅配便も時間通り来る」「約束を守る」「信頼できる」ということにもなるし、それは日人のいいところだと思う。でもそれは、規範から外れてしまった人にとっては厳しい社会であるために、そうならないように皆必死になっている、という言い方もできる。 規範から外れた人に厳しいのは必ずしも悪いことではないし、そのいいところを失ってほしくはないのだけれど、何事もバランスとか時と場合とかいうものがある。前回のエントリーなどにも書いた、「学校で困難をかかえている子供」のようなケースに関しては、そろそろちょっとばかりバランスを変えてくれてもいいのでは、と思う。 たまたま、私はこうして堂々と子供の問題について書いているので、周囲の在米日人で「普通の基準を外れてしまった」子供を持つ方の話がものすごくたくさんはい

    「基準から外れてしまった」人をどうするか - Tech Mom from Silicon Valley
    nornsaffectio
    nornsaffectio 2009/09/08
    規範意識なしに法治社会はないわけだが、同時に法を社会契約の範囲まで縮減して民を抑圧的な規範から解放するのも法治社会の基本的役割。政権交代成った今、僕らは漸く規範を選ぶ自由を手にしたのかもしれない。
  • 『安藤馨『統治と功利』』

    (元)無気力東大院生の不労生活勤労意欲がなく、東京大学の大学院に逃げ込んだ無気力な人間の記録。 学費を捻出するために、不労所得を確保することに奮闘中。 でした。 安藤馨『統治と功利』を読了。 随分と歯応えのあるでした。評判になっていただったので、部分的には目を通していましたが、今回通読しました。 このは、著者の安藤氏が東大に出した修士論文なのですが、修士論文の域を質・量ともに越えています。博士論文をにしたものを私も数多く読んでいますが、それらと比較しても遜色ありません。 ただし、書き方というか、議論の展開に少々難があると思います。議論の流れは、随所で示されるのですが、その通りに進んでいるとは思えない議論の展開に何度か私は迷わされました。 このが行おうとしていることは、著者自身が的確に示しているので、それを引用しておきます。 「功利主義を内在的に検討することで、説得的な功利主義構想

  • 虎ノ門の桜 - おおやにき

    ちょっと用事で虎ノ門に行ったら神社の境内で桜が咲いてました。これはホンモノ。しかし金比羅さんがこんなところにあるとは知らなんだ。 ところでなぜ珍しくそんなところに行ったかというに公開鼎談というものをしたからです。まあ「公開」といってもごく限定的な範囲だったようですが、「幸福とパターナリズム:自由・責任・アーキテクチャ」というテーマでお話ししてまいりました。『自由とは何か』の最後のところで安藤馨説に弱々しい反論をしてみたところに結構関心を持っていただけているようで、ありがたいことです。当日はもう少し具体的なというか、制度的なことに話がまとまったようにも思いますが、これもそのうち公開されるはずなのでそのときにでもご確認ください。 報告のあとの質疑応答とか、パネルディスカッションとかいうのはもちろんすでに何度もやったことがあるわけですが、こういう形式で何かするのは初めてなので結構緊張しましたね。

  • 神は必要か - おおやにき

    というわけで東京法哲学研究会で行なわれた安藤馨『統治と功利』の合評会に行ってまいりました。全体的には、同書の特に理論的な検討の部分に焦点の当てられたコメントが加えられ、著者のリプライ・フロアとの議論にわたってその雰囲気が維持されたので、テンションの高い良い研究会だったのではないかと思います。というか私はメタ倫理回りについては門外漢なので(その一つの理由は私には存在が見えないからですが(だって認識しかないじゃんねえ))、しっかり勉強するつもりで聞きに行って勉強して帰ってきたという有意義なイベントでした。はい。 ところで私から安藤氏に向けられた質問について若干補足しておくと、まず評者である江口先生から安藤にはなぜ功利主義を取るべきかという説明・説得がほとんどないという指摘があったわけです。功利主義の中で取り得るヴァージョンはこれだ、という議論はきちんとなされているが、何故そもそも人々が功利主

    nornsaffectio
    nornsaffectio 2009/06/23
    大屋雄裕による安藤馨の統治功利主義の解説。
  • on integrity - おおやにき

    というわけで前のエントリに対するbewaadさんからのコメントを受けて若干。要は「官僚にとってintegrityとは何か」という問題だと思うのだが、ここでは二つのレベルにわけて検討する必要があろう。第一は、integrityが尊重されるべき価値であるとした場合に官僚はそれを満たし得るのかという問題、第二はそもそもintegrityは尊重されるべきなのかという問題である。 まず第一点は、民主政においてごく当然であると考えられる以下の三条件が満たされる場合に、官僚がintegrityを持つことができるのか、という問題。 異なった政策パッケージを有する党派(連合)が複数存在し、その間での政権交代がある。 政策を決定するのは議会であり、官僚を含む行政府はそれを執行する。 個々の官僚には、特定の政策パッケージに対するコミットメントがある。 別の言い方をすれば自分が反対している政策パッケージを掲げる党

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    nornsaffectio 2009/06/23
    大屋雄裕と安藤馨の立場の違い。民衆のintegrityに関しては功利主義の安藤とはっきりと対立する。
  • 基礎法学研究会に行ってきた。 - おおやにき

    まあそういう名前の研究会が東大法学部にあるのですよ。12月は門下の後輩2人の修士論文報告だというので久しぶりに出席してきました。名古屋に移って以来ご無沙汰だったので、たぶん6年ぶりくらい。 1については公刊前であるので詳細な言及は避ける。まあ悪い話ではないと思ったが思考の結果として一つの見解にたどりついたのであればその帰結にはきちんとつきあった方がいいだろう(ad hocないいとこどりは試みない方がいい……これは今そうなっているという意味ではない)というのと、一般的なイメージと異ってK氏はnation state buildingを否定していないことはnation state buildingが理論的に肯定されたということとは違うので、そこんとこは別途証明することが課題であろうなあと思う。 もう1はすでに国家学会雑誌(119巻11・12号)に掲載されている安藤馨「功利主義リベラリズムに

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    nornsaffectio 2009/06/23
    安藤と大屋の立場の違いについて。短いが案外重要なことを言っている。
  • BLOGOS サービス終了のお知らせ

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    nornsaffectio
    nornsaffectio 2009/04/17
    子育て批判は子供の存在否定とイコールではないし、そもそも子育て批判をした記事でもない。その程度の区別もつかないブコメ多数。たしかに乱暴なレトリックだけれど、読む側もこれ↓じゃあ人のこと言えんだろう。
  • 公共性の法哲学- はてなダイアリー

    公共性の法哲学- はてなダイアリー
    nornsaffectio
    nornsaffectio 2008/11/07
    現代の公共哲学、リベラリズムの言論状況を知るために。井上達夫執筆部分だけでも読もう。
  • Amazon.co.jp: 憲法問題入門 (ちくま新書 123): 長尾龍一: 本

    Amazon.co.jp: 憲法問題入門 (ちくま新書 123): 長尾龍一: 本
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    nornsaffectio 2008/08/06
    長尾龍一を憲法学者とか言ってる変な人がいたが、そういやこういう本があった。といっても法哲学者の憲法学批判が鋭いのは我が国の伝統でもあり、興味深い。
  • 幻想の共同体 - おおやにき

    実家に寄ったので読売を読んでいたら、秋葉原の連続殺傷事件は人を取り替えのきく部品のように扱う現代社会の帰結で犯人を暖かく包む伝統社会とか共同体とかがあれば起きなかったのではとか書いている人がいてええと津山三十人殺しってどういう時代に起きたんだっけ(挨拶)。世話好きおばさんがいたら非モテでもお嫁さんとか来てくれて幸せになれたのではとかいう趣旨のことが書いてあったような気がするんだけど、匿名性が高くて属性を隠蔽できるネット上の掲示板ですら「こいつなんかヘン」だと気付かれちゃうような人間の居場所が閉鎖的で固定的な共同体にあるわけないじゃん。村中から後ろ指差されて違う形で暴発してただけなんじゃないの、とは思うところ。 というか現代社会が行為や所属の領域を分断することによって「ちょっとヘン」な人がそのヘンさを日常とは違うところで表現したり発散したり、とにかく周囲の社会には気付かれずに平穏無事に生きて

    nornsaffectio
    nornsaffectio 2008/07/18
    人生における撤退戦の重要性はこの人がつとに指摘するところだったね。
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