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旧陸軍「登戸研究所」移転先の駒ケ根で所長の手紙見つかる|NHK 長野県のニュース
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旧陸軍「登戸研究所」移転先の駒ケ根で所長の手紙見つかる|NHK 長野県のニュース
太平洋戦争末期、旧陸軍の秘密作戦の研究を行う「登戸研究所」が移転してきた駒ヶ根市で、地元の協力に... 太平洋戦争末期、旧陸軍の秘密作戦の研究を行う「登戸研究所」が移転してきた駒ヶ根市で、地元の協力に感謝する当時の所長の手紙が見つかりました。 16日は市内の調査グループが会見を開き、研究所に関する証言を裏付ける貴重な資料だと評価しました。 川崎市にあった旧陸軍の「登戸研究所」は、戦前から太平洋戦争中にかけて、生物兵器の開発などを行い、戦争末期に、一部が、現在の上伊那地方に疎開していました。 地元の調査グループ「登戸研究所調査研究会」は、16日駒ヶ根市で会見を開き、終戦が迫る昭和20年6月に登戸研究所の所長が地元の有力者に送った手紙が見つかり、先月、所有者から提供されたと発表しました。 手紙は、地元の人たちの協力によって「所期の目的を達成しつつある」と感謝を示したうえで、小学校に設けられた、登戸研究所の爆弾製造所の見学や、懇親会への参加を呼びかけています。 登戸研究所に関する書類は、終戦直後に