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マライ・メントライン|「持続可能性」で実際に「持続する」のは誰、あるいは何なのか?【連載 あえてSDGsを懐疑してみるのもまた一興】 - あしたメディア by BIGLOBE
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マライ・メントライン|「持続可能性」で実際に「持続する」のは誰、あるいは何なのか?【連載 あえてSDGsを懐疑してみるのもまた一興】 - あしたメディア by BIGLOBE
いわゆるSDGs系の運動を見ていて不安になるのが、そこで唱えられる「持続性」というものが、「協調しな... いわゆるSDGs系の運動を見ていて不安になるのが、そこで唱えられる「持続性」というものが、「協調しながら」「皆が」持続するという前提に漠然と立脚していることだ。高級な理性的要素の集合体じみたものになっている、という表現も可能だろう。 私は思う。 いずれどこかで、自分たちの共同体が「持続」するために他の何かを公然と犠牲にするタイプのムーブが「SDGs」っぽい看板を掲げながら人々を誘惑してゆくだろう、と。「それはSDGsちゃうで!サバイバルや!」とツッコみたくなるが、現実的にみて、たぶんそのインチキくさい言説は通用してしまう。 重心不定なSDGs概念は、特定の思想誘導に利用されやすい 真面目なSDGs系の皆様からみると「ええっ?そんなバカな!」と感じられるだろうけど、実際、そもそもSDGsの概念や定義自体が重心不定な寄り合い世帯っぽいもので、包括的な理解には相当の知力と精神力が必須と言える。ゆ